プレシード期のスタートアップ支援と診断士について
吉田 学
目次
1.はじめに
北海道は、人口減少、高齢化に伴う社会問題に直面しています。北海道の人口は減少し続けており、少子高齢化が進んでいます。高齢化率(全年齢人口に占める65歳以上人口の割合)は都道府県別で5位に位置しており、地域社会の持続可能性を確保するために、人口減少による施設の減少や人手不足、高齢化による医療・介護の需要増加、若年層の流出による地域経済の停滞など問題提起されて久しい所です。
これらの問題に対処するため、北海道は2021年に北海道Society5.0計画を策定し、単に現状の課題を解決するだけでなく、様々な分野において、その取組や施策が有機的に連携し、産業競争力の強化や地域の活性化、より質の高い暮らしを実現することを目指す方向性を示しています。
また市町村別にも、地域の特性を生かした新たな産業の創出など、様々な取り組みが行われています。
地域の問題解決に向けて、現在注目を集めているのが、社会問題解決型の起業です。2022年、総理大臣の年頭挨拶において「スタートアップ創出元年」が宣言され、同年11月「スタートアップ育成5か年計画」が発表、同年12月にはスタートアップ支援施策に過去最高の約1兆円規模の予算が計上されました。
また2023年税制改正の中でもスタートアップ支援に向けた7つの税制が改正され、今年2024年も引き続き「スタートアップの推進と産業構造への転換」が重点分野となっている次第です(※1)。
※1:https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/meti_startup-policy.pdf
本稿は、小職が北海道の地域課題解決に向けて努力する学生に対してスタートアップやスモールスタートによる起業を支援した経験をベースとしております。小職は二足の草鞋の副業人材であり、未熟な半端者ではございますが、行政や大学と連携し、社会課題の認知から課題解決方法の立案(アイディアソン)と、ファーストユーザ選定とMVPモデルによるPoC実施まで(ハッカソン)を担うアントレプレナー教育、そして事業計画策定から起業、各種支援策の活用支援といったプレシード期支援を3年ほど従事して参りました。学生起業家のプレシード期を取り巻く環境、問題点と中小企業診断士のスタートアップとの向き合い方について愚見を述べさせていただきます。ご一読いただけますと幸いです。
2.北海道のアーリーシードを取り巻く環境
2023年10月、北海道、札幌市、北海道経産局、民間企業が共同でSTARTUP HOKKAIDO実行委員会(※2)を設立、これまで行政組織が独自で展開していたスタートアップ支援を集約しました。また、北海道優位産業分野である「一次産業」「環境エネルギー」「食」「観光」「宇宙」に重点支援する方針も打ち出されました。
また、貴重な起業家の卵を行政、大学、金融機関・VCなど支援機関のオール北海道で北海道のリソースを活かしながら、伴走支援する「札幌・北海道スタートアップ・エコシステム 推進協議会(※3)」が2020年より実施されており、産学官連携によるスタートアップ支援環境が充実しつつあります。
※2:https://startup-city-sapporo.com/
※3:https://www.city.sapporo.jp/keizai/it/startup/documents/keiseikeikaku.pdf
3.事業構想~起業までの問題点
学生の起業家には2種類の形があり、学生自身が学業を修めていく中で得た知見や、フィールドワークで地域住民や企業から見聞きして得た需要(ニーズ)をベースとした形「ニーズ起点」と、大学の研究室から生まれた先進的技術(シーズ)をベースにした形の「シーズ起点」のいずれかに分類されます。
3-1.需要調査の甘さ
ニーズ調査の甘さは「シーズ起点」「ニーズ起点」両方に合致し、学生起業家によく見られる問題点です。対策は「who」「what」「how」の明確化です。「誰に」「何を」「どのように」届けるのか、との問いで学生チームの気付きを促します。この「who」「what」「how」が事業の芯になるので、納得のいくまで時間をかけて良い部分です。
3-2.競合分析の甘さ
競合分析の甘さは「ニーズ起点」の学生に多く見られる現象です。「シーズ起点」の場合、論文発表や知的財産権登録する過程で、同種の技術や発明への調査が行われているので、比較的よく分析されているケースが多いと言えます。対策はSWOTを使った事業環境分析で内部環境、外部環境を客観視することで気づきを促します。
3-3.情熱の枯渇
これは学生の場合、特に感じる部分です。背負うものが少ない分「自分のやりたいことと違うな」と感じた時、離脱もドライにこなします。現在の学生は恵まれた環境にあり、北海道内でも起業イベントも増えた事も、離脱につながる要素と考えます。
4.プレシードと診断士との関係性について
中小企業診断士がプレシード期の学生起業家に支援できることを紹介します。
4-1.事業計画策定支援
学生の立場で、創業に向けた事業計画書を作成した経験のある方は稀でしょう。一方中小企業診断士は、創業支援を得意とされる先生も多くいらっしゃいます。特にマーケティングと収支計画について苦手な学生が多く、専門家支援が必要になります。
4-2.創業支援各種補助金 申請支援
また、行政の創業支援策を活用する場合も同様です。行政等へ提出する所定様式資料のチェック等の支援が有効です。特に条件の良い市町村の創業支援は競争になるので、評価ポイントを抑えた提出書類のアドバイスが求められます。
4-3.伴走支援
小職はslackを用い2日に1日はコミュニケーションを心掛け、週次でのオンラインミーティングで成果と課題の進捗会をファシリテーションしました。学生チームの熱が冷めることを予防し、学生起業家が直面する課題に間接的に支援することを心掛けて接しました。支援者として直接解答を出すような邪魔をしないことがポイントです。
おわりに
小職がプレシードの支援をする中で、3つの気づきを紹介します。
5-1.就職重視の起業
学生の中には「新規事業創出経験」「起業チーム参画経験」を得る為に活動する学生が一定数いることが印象的です。理由は大手企業への就職活動で差別化要素となる為です。小職が就職活動をしていたのは就職氷河期末期の2000年の前半でしたが、「地域で街づくりNPO活動に従事した」位でも差別化が可能だった時期です。最近の学生は「イノベーティブな活動に従事し、新事業創出など一定の実績を積む」所まで求めている肌感覚です。実際、小職が支援し無事起業した学生が、都内の大手企業に就職が決まった時に「同期の学生に起業経験のある人が複数いました!」とサラッと語っていたのが印象的です。
5-2.ゼブラ企業を目指す学生
最近の学生起業家の情熱の源泉は、お金より社会問題解決の達成感へと変化している傾向が見られることです。具体的にはユニコーン企業(評価額10億ドル以上・設立10年以内の未上場ベンチャー企業)から、ゼブラ企業(評価額を追求せず、途上国の貧困問題に取り組み、貧困層、高齢者、障がい者といった社会的弱者への支援を通じて地域と協働しながら解決を目指す企業 ※4)を目指す傾向が見られます。SDGsの考え方に触れてきた最近の学生ならでは、といった感を受けます。
※4:https://www.nomura.co.jp/el_borde/article/0054/
5-3.経験不足を補った学生ほど高みに届く
学生は、未経験者が起業家になるにはステップがあり、ステップを着実に上ってきた学生起業家に魅力を感じます。具体的には、基本的なITの素養、社会問題に対するアイディアソンの経験、有識者であるベテラン勢に対するアイディアピッチ経験、創業ワークショップ参加による事業計画策定経験が該当し、ステップを2回、3回経験した学生は、それまでの失敗を糧に事業アイディアを繰り出し、中には新規事業として成立するレベルに到達するケースがあります。また経験不足を補う為、”グレイヘア”と呼ばれる経験も人脈も豊富なシニア層を相談役に迎え、事業推進やファンディング支援を受けている学生起業家にも魅力を感じます。
学生スタートアップ支援は、地方社会の人材定着にも一定の効果が期待でき、今後の北海道の持続可能な社会の成立に寄与する可能性を感じます。以上です。