日曜日の午後8時、今年のNHK大河ドラマ『晴天を衝け』を楽しみにしている。その主人公である渋沢栄一(1840~1931没)、2024年に一万円札の肖像画となる人物とSDGsについて学んでみたい。「渋沢栄一の考えはSDGs精神の先駆けである。」と彼の理念は、SDGsに通ずるものがあるとして現在とみに注目を浴びている。
渋沢栄一とはどういう人物だったのか。私は、今まで「日本の資本主義の父」であるなど、表面的な知識しか有していなかった。今年の正月に、渋沢栄一の著書である『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一著、守屋淳訳 ちくま新書)を読んでみた。その際、100年以上も前にSDGsに近い発想をしていた人がいたという驚きを持ったのが率直な感想であった。
「サステナビリティ(持続可能性)」と「インクルージョン(包摂性)」
一か月程前、6月20日(日)の日本経済新聞WEBセミナーで、渋沢栄一の子孫(玄孫)である渋沢健氏(コモンズ投信株式会社取締役会長)が「論語と算盤から学ぶ人生100年時代」というテーマで講演をされていた。
その際にお話をされていた渋沢栄一という人物を子孫の渋沢健氏の解説も踏まえながら、渋沢栄一がSDGsに近い発想をしていたという事に触れてみたい。
渋沢健氏は、「渋沢栄一は、形のある財産は我々子孫にそれほど残さなかったが、『ことば』という素晴らしい財産を残した」という皮肉な表現を使いその功績を讃えていた。
渋沢栄一の理念を一言で言うと、キーワードとして「サステナビリティ(持続可能性)」と「インクルージョン(包摂性)」を挙げていた。「持続可能な開発には誰ひとり取り残さない」という理念を100年以上前の日本で持っていたという事になる。
そして、『算盤』で示す資本主義で経済の発展を続けて行くにあたり、『論語』の精神で清く正しく行うことにより、「Well Being(幸福)の継続」がもたらされるという信念のもとに行動したのである。
「論語と算盤」の考え方について
『現代語訳 論語と算盤』(前出)の第7章「算盤と権利」のなかで、渋沢栄一は次のように述べている。『「一個人の利益になる仕事よりも、多くの人や社会全体の利益になる仕事をすべきだ」という考え方を、事業を行う上での見識としてきたのだ』(守屋淳訳)
と、個人の利益より社会の利益が優先するとこの言葉は伝えている。
同時代を生きた三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎から共同事業を行なわないかという誘いに対しては、商売の考え方が違うと潔くお断りしている。渋沢栄一にとって「財閥」という勲章には興味がなく、500以上もの企業の設立に関与し経営に携わりながらも、自分だけが巨額の富を得ようという考えは全くなかったといえる。
また、『現代語訳 論語と算盤』(前出)の第1章「処世と信条」のなかで、次のようにも述べている。「ソロバンは『論語』によってできている。『論語』もまた、ソロバンの働きによって、本当の経済活動と結びついてくる。だからこそ」『論語』とソロバンは、とてもかけ離れているように見えて、実はとても近いものでもある」(守屋淳訳)
つまり、『論語と算盤』では、論語(倫理・道徳)、算盤(利益追求)のいずれかに偏っていては社会や事業を持続させていくことはできないということである。論語と算盤を両立させる(=道義を伴う利益追求)ことが重要であり、それは可能なことである、というのが渋沢栄一の考えである。
『正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができない』と指摘している。これは、まさにSDGsの「持続可能性(サステナビリティ)」の考え方である。
既に明治・大正の頃に、渋沢栄一がSDGsに通じる考え方をしていたということを示している。事実、その事業活動は500以上もの企業の設立に関与し、産業界ばかりでなく、公益事業にも大きな足跡を残している。女子教育の重要性を説き、「日本女子大学」などの設立に関与、東京市養育院という社会慈善団体の活動にも晩年を注いでいる。
「論語と算盤」の『と』の発想とは?
先の講演で渋澤健氏が「論語と算盤」で最も注目するのは、タイトルにある「と」という言葉だと以下の通り語っていた。
- ①「渋沢は論語(倫理・道徳)と算盤(利益追求)を『と』の力で結びつけた。SDGsが目指す持続可能な未来も、『環境か経済か』の『どちらか』を選ぶのではなく、『と』の発想で『どちらも』選ぶ。環境も経済もどちらも選ぶという発想が必要である。」
- ②「『と』でつなぐことは時に矛盾が生じ、飛躍に見えるかもしれない。それでも、あるべき未来を描き、『と』の力で新たな化学反応が起きるよう試行錯誤する姿勢が大切である。」
- ➂「SDGsは壮大な『と』の飛躍であり、見えない未来を信じる力が試されている。SDGsが掲げる『誰一人取り残さない』も、現時点で『できるかできないか』で考えれば、難しいことはたくさんある。それでも『と』が生み出す力によって、未来を変えることができる。」
(以上、渋澤健氏談を筆者がポイントを要約)
つまり、SDGsが解決しようとする地球的規模の問題は相互に絡み合っているが、「と」の発想で解決できないかということを指摘している。今までは「経済発展」と「環境破壊」いうような二項対立的なジレンマがあった。SDGs的発想からすると「経済発展」と「環境保護」が同じベクトルで共存出来る方法を模索する必要がある。
それを渋沢栄一が「論語と算盤」の考え方で、公平で質の高い教育が、産業イノベーションや雇用確保を生んで、そして貧困解消へとつながるということを100年以上も前の日本で実現できたということを我々に示してくれている。
ドラマは今、渋沢栄一がパリの万国博覧会へとヨーロッパ渡航している段階であるが、ヨーロッパの資本主義に触れて、今後どのようにSDGsの考え方のもとで、新しい日本の国づくりをしていくのかをとても楽しみにしている。