観光業への逆風環境
10年ほど前のことですが、全国各地の観光資源の開発と商品化に関する日本商工会議所の案件に、外部の事務局運営サポートメンバーとして関わっていたことがありました。そのプロジェクトの受託者であった知人から先日久々に連絡があり、課題は変わらず、事業も継続されているようだから、何かできることを考えてぶつけてみたい、ついては云々、という話。
以前は「観光に適した地域資源の発掘、マーケティングと商材開発、営業とPR」が事業の範囲であり、インバウンド向けの展開が本格化する前だったので国内観光客の獲得が主目的でした。その後、インバウンドマーケットの急拡大により、外国人旅行客の優先度が高まり、2020年に4000万人、2030年に6000万人の外国人旅行客を目標に据えていた中で、想定外の感染症の大流行が発生し、2年目の今も予断を許さない状況に至っています(2020年は全世界的にも国際観光客が10億人も減少した史上最悪の年とのこと)。
なので、従前の活動の繰り返しだけでは進行中の課題(≒自粛と規制による観光需要の減少)の解決に繋がる見込みは薄い。難しいのは承知の上で、優先度の高い課題から逃げないことが重要なはず、と返答したのですが、やはり解決策は見当たりそうもない。少し考えてみようと思いました。
持続可能な観光業という課題
「観光」についてはSDGsでも言及されています。[8.働きがいも経済成長も][12.つくる責任 つかう責任][14.海の豊かさを守ろう]の3つのゴールの中のターゲットにあります。キーワードは『持続可能な観光業』。観光業の担い手側の雇用、地方の文化振興と産品販促という側面と、オーバーツーリズムに対する地域/環境の保全のバランスが重視されていると言えます。『持続可能な観光』という考え方は、世界観光機関(UNWTO)でも「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と定義されており、[増大する観光需要の適切なコントロール]という視点に立脚していると思います。
SDGsの中の「観光」 8-9.2030年までに、雇用創出、地方の文化振興・産品販促につながる持続可能な観光業を促進するための政策を立案し実施する。 12-b.雇用創出、地方の文化振興・産品販促につながる持続可能な観光業に対して持続可能な開発がもたらす影響を測定する手法を開発・導入する。 14-7.2030年までに、漁業、水産養殖及び観光の持続可能な管理などを通じ、小島嶼開発途上国及び後発開発途上国の海洋資源の持続的な利用による経済的便益を増大させる。
一方、現状は(一時的だと思いたいですが)全地域的な観光需要の減少に見舞われており、真逆の課題が呈されている訳ですね。需要が減少しているのは「自粛と規制」による影響が大きく、観光に対する欲求が失われている訳ではありません。観光を通した相互理解やネットワーキング効果は[17.パートナーシップで目標を達成しよう]にも寄与するものですし、想定とは逆方法でありますが、観光業の持続可能性という課題の重要性は揺るがないです(特に観光が基幹産業となっている北海道のような地域では)。
旅行者が来訪しない中で観光業ができることを考える
「観光(ツーリズム)」の定義を見てみると、「レジャー、ビジネス、その他の目的で、連続して1年を超えない期間、通常の生活環境から離れた場所を旅行したり、そこで滞在したりする人の活動」(世界観光機関「観光統計に関する勧告」1993)のように、[現地に行くこと]を前提にしていることが一般的だと思われます。ですが、この定義も既に約30年経過していますし、来訪してもらわなくても提供可能な観光体験を実現する環境が整ってきているとも言えます。[現地での観光の提供]をすることは当然のこととして、それに加えて「その場所にいない人の(観光)行動/体験によって生じる収益」を得る方法論が求められていると思うのです。 これに対する回答の一つはオンライン活用です。コロナ後を見据えたオンライン活用プロモーションの事例は既に見受けられます。[旅前][旅中][旅後]のステップで見た場合、[旅前]を補完する取り組みに該当します。また、新しい取り組みとして、有料のバーチャルツアーの実験も行われているようです。これは[旅中]経験の置き換え(または事前体験/追体験)になるでしょう。
どのような切り口が考えられそうか
先行事例を含めた上で、切り口の整理を試みたのが次のマトリクスです。個々の企業が取り組むことというよりも、地域単位の取り組みや制度も含まれているとは思います。横軸にはターゲット(圏内の近隣客/圏外客)と接点(直接/オンライン)、縦軸にはターゲットの行動の主目的として、[観光行動][非観光行動][愛着行動]としています。愛着行動は、その地域に対する思い入れから発する行動の意で使っています。著しく減少状態にあるのは圏外客の実需です。
[観光行動]のゾーンは、実際の来訪促進(クーポン割引)が展開され、圏外客であれば「GoToTravel」、圏内であれば「どうみん割」が該当しますし、星野リゾートが提供するマイクロツーリズムもこのゾーンと思います。先に触れた圏外客へのオンラインでの「バーチャルツアー」もここにプロットしました。
[非観光行動]のゾーンは圏内では、施設の利用用途提案としてホテルのテレワーク支援、ホテル住まい(レジデンス)、医療従事者向けサービス等がありました。圏外客に対しては、観光的要素もあるワーケーション、日頃とは異なる仕事を出張先で担当するワークシェアの提案がされています。現在は展示会や会議などの大規模なMICEはある程度制限されていると思いますが、類したものとして職業体験/学習という切り口はありそうです。事例としては、観光要素も含みますが『農泊』(農山漁村において日本ならではの伝統的な生活体験や地元の人々との交流を楽しむことができる農山漁村滞在型旅行)の展開、また京都で展開されたフォルケホイスコーレ「京都町衆文化が根付く商店街で学ぶ、人生のためのリカレント」などは面白い取り組みだと思います。後者は、言わば人生を考える大人のための短期留学旅行のような位置付けで、デンマークの教育機関であるフォルケホイスコーレをコンセプトにしているようです。
[愛着行動]のゾーンでは、「サポート/応援」としてクラウドファンディング(利用権の事前販売を含む)が代表格だと思います。
北海道への愛着を活かす方向性
個人的には圏外×愛着行動のゾーンに可能性を感じています。わかりやすいものとしては「特産品EC」が挙げられると思います。海外向けの越境ECは道内でも進んでいるようですし、岐阜県では中国のWeChatに名産品を販売する特産品モールを開設しました。道内でしか購入できなかった商品の通信販売は国内においても力を発揮するはずです。これを単独の商品販売に留めるのではなく、名産品を介した北海道体験を提供する機会にすることができるのではないか、と思います。
また「ファンコミュニティ」という観点で、何らかのゆかりの地/聖地として、オンラインとオフラインを組み合わせた体験を提供できる可能性があります。例えば秋田の大館地区では「秋田犬」の故郷として犬愛好家に向けた展開がなされています。沖縄では「新生活様式対応型沖縄空手ツーリズム」と題し、空手の聖地であることに基づいた展開がなされています。ヒントになるのではないでしょうか。幸いなことに、北海道のファン層の拡がりは全国屈指であり、地域ブランドは高く評価されています。ファンが多い地域だからこそ、新しい試みに対する関心を集められるポテンシャルがあるはずなのです。
アルムナイ(卒業生、OB/OG)に該当する人も多いと思います。他地域に引っ越してしまった北海道出身者、北海道での生活経験者(転勤族など)、北海道にゆかりを持つ関係者の保有者(親戚が北海道)などは、強い北海道への愛着を持っている人が多いと思うのですが、このような人を北海道サポーターとして活かせる仕組みはまだまだ検討の余地があるように感じます。
誰に(ターゲット)に、何(北海道との関わり/体験)を、どのように提供するか。ポイントはサービスの作り方だと思います。
アイデアレベルの例になりますが
- 北海道を故郷のように感じたい人に対してできるオンライン&オフラインのサービスは何か。
- 北海道に別荘を持つ気分を味わいたい人に、バーチャル別荘の仕組みを作って権利を販売するようなサービスは考えられないか。
- 自分の苗木を森に植えて、世話をしてもらうサービスの権利の販売。特定の農地で生産される道産品に対する事前購入と、生育プロセスを知らせてもらえるような仕組みはどうか。
などのように、実際の「物(品)」と「こと」を組み合わせ、それをオンラインでつなぐサービス(関係性の構築)によって、北海道に対する関心と消費を高める方法を検討することができないでしょうか。規模には限界があるでしょうが、観光業の持続可能性の一助になるチャレンジを考えたいものです。
顧客とのリレーションを重視したマーケティングへ
なお、これらに取り組む上では、観光業においてもリピーター促進施策やCRMの考え方を取り入れていく必要もあると考えます。通常の物販やサービス業と比較すると、宿泊業等の一部を除いて観光事業では遅れていた点ですが、支えてくれる重要顧客(サポーター)との関係値を強めていく上で不可欠となるでしょう。このようなマーケティングの考え方の転換も、観光業には求められていると感じます。元に戻すことではなく、進化させることを目指して、支援活動に引き続き関わっていけたらと思っています。